俺言魂(おれごんだましい):平田孝 スポーツ教育者

心と体を鍛え
地球上どこへ行っても
胸を張って生きられる
知的な野生人になろう

【お知らせ】アジア大会銀メダリスト、長島和幸選手の闘病報告と支援カンパのお願い(日本レスリング協会)

新年のご挨拶

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謹んで新春のご挨拶を申し上げます。
皆様がお元気に活躍されますことを心からお祈り申し上げます。


2012年元旦


平田 孝
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2012年から始めます

私がレスリングに関わって60年の節目を迎えました。
来年は私たち夫婦も50年の節目を迎えます。

大きな節目を迎えて、いま、私は何をすべきか。
どうすれば成せるかを考えました。

私はレスリングの父、八田一朗から、
日本レスリングは武道から学べと教えられました。
そこからつながるすべての人へ
今までの出会いに感謝しつつ
皆さんと歩んだレスリング人生で得た経験を、
次の世代に残したい。

武士道に基づき、レスリングを通じて、
日本はもとより、明日の地球を担う若者を育てたい。
チビッコレスリングを始めた私にはその責任があるとも考えています。

心と体を鍛え、世界中どへ何処へ出かけても、正生堂々とした態度でいられる。
そんな少年を育成するために、全国を巡回し指導したい。

実技の指導は、今のレスリング界のリーダーにできるでしょう。
しかし、メンタルな部分ではどうか。心を鍛えるという役割なら、
戦争や、日本のレスリング創世記の、私の体験が役立つのではないか。

若い選手たちだけではなく、指導者、父兄にも、それぞれの役割を再認識し、更なる自己能力の開発を促したい。

正しいことをしていて迷っているなら、自信を持てと励ましたい。
気づかずに間違っているなら、それは違う、とハッキリ言ってあげたい。

私が信頼でき、尊敬できた先輩、同輩たち。
確固たる信念を持って、イエスとノーを言えた人間がどんどん減っている。
だからこそ、私は、いま、次の世代のために働きたい。

2012年、平田孝は動きます。
もし私にできることがあれば、ぜひ、ご相談ください。
ご協力いただきたい方には直接、ご連絡いたします。
日本全国、どこにでも参ります。

どうぞよろしくお願い申し上げます。
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2011年は再起動の年にするつもりでした

2011年の正月に日本に行きました。
みなさんお世話になりました。

日本行きの理由のひとつが、第10回全日本マスターズレスリング選手権大会でした。何人かの来場者と旧交を温めました。でもそれで終わるつもりはありませんでした。

日本での活動を再開しようと考えていたのです。

私は、1976年にスウェーデンの世界選手権に参加し、日本代表フリースタイルとグレコローマンスタイルの2チームの総監督として同行しました。それから協会を離れ、2000年頃まで、子供たちにスポーツを通じて教えたい、学んで欲しいと思って活動をしていました。この時期の活動はとても人気があって、日本全国に及び、多くの教え子たちがいて、立派に育っています。

そして2011年。件の活動も終わってしばらく経ち、久しぶりに昔の仲間達に会おう。新しい形で活動を再開しようと思いました。そこで、第10回全日本マスターズレスリング選手権大会にデビューしたわけです。もっとも、主治医の強い要請で試合には出られませんでした。いまでもそれが残念です。

ただし、会場にいた皆さんには温かく迎えていただきました。乾杯の音頭も取らせて頂きました。その後、いままで何をしていたんだと、いろいろ質問も頂きました。でもああいう場所では、長い話が更に長くなってしまいます。

「あとでゆっくり話すよ」
と、その場でいいました。

その時は、私は4月から日本で活動すると決めていました。日本全国、全県をめぐって、旧友を訪ね、長らくの無沙汰を詫び、積もる話をして、年寄りだけども、日本のために新たな気持で、教育をことをやろうじゃないかと、激励して歩くつもりでした。

その準備の矢先に、あの大震災があったわけです。

実は、日本に行く前に、私の親友、藤田徳明(日体OB)君と電話で話していました。彼は闘病中でもう動けなかった。
「先輩、日本に行って皆にあったらよろしく伝えてくれ。
 そして、アメリカに戻ってきたら、皆の様子をきかせてくれ」
彼とはそんな約束をしていました。

しかし、アメリカに戻ると連絡があって、いまは容態が悪い。なんとか元気になるから、そうしたら呼ぶから、ぜひ来てくれと……。その連絡を待っていました。

大震災からしばらくして、私はアメリカ人の友人からのメールで、藤田君の訃報を知りました。インターネットのコミュニティのどこかで「元レスリング選手で、日本からアメリカに来て成功した藤田が亡くなった」という情報が流れたそうです。ニューヨークアスレチッククラブに連絡をしたところ、その噂が事実だと知りました。日本語でお悔やみの手紙を送り、奥さんから返事が来ました。最後まで私に会いたがっていた。日本のことを気にかけていたと。

私は、私自身はもちろんですが、藤田くんをはじめ、多くの仲間達たちのためにも、日本での活動を再開しようと決意を新たにしました。
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アメリカで米を作った日本人の真意

以前、サクラメントで日経二世が経営していた幸田牧場を見学した。
日本の米を作っていた。大規模な農場だ。
耕作は大型農耕機、種まきや消毒は小型飛行機から行う。
見渡すかぎり、360度一面の水田だった。

こんなに収穫してどうするのですか?

幸田さんは笑いながら私に言った。

私たちは、日本との戦争中に敵国人種と云う理由で財産を没集された。
日系人は全員、強制収容キャンプで生活した苦しい経験がある。

それ故に、祖国日本で同胞が米不足に困るような事が起きたときには、
アメリカで作った米で祖国を助けたい。
その信念で、あのカリフォルニア砂漠を開拓し、水を引き、
一大穀倉地帯を築いてきたのだ。

それから数十年経ち、経営者は米国人になり、品種改良は年々進み、味は日本に殆んど劣らない米ができている。

TPP交渉で、世界経済の国境がとりはらわれるとなれば、幸田さんたちが作った米、母国日本を助けようとした『夢の米』が日本農家を脅かすことになってしまう。

まったく皮肉な話である。

私はアメリカに住んで長いし、遠征先各国で米を食べた。
改良改善、バイオのお陰で、今のカリフォル二ア米は旨い。
日本米の最高品種に決して引けを取らない。
特に錦米はじめ週十種の米は、二世の人びとにより改良に改良をかさねられ、今日まできた。
その努力は、祖国を飢えから救いたい。しかも旨い米で救いたいという気持ちからである。もちろん、虐げられた民族としての意地もあるだろう。

そうした努力の結果として、旨い米が、日本の2分の1から3分の1の値段になった。
しかしこれでは、日本の農家は太刀打ちできないという。

もし米の自由化が実現したらどうなるか。
幸田氏の、我が米を日本へという悲願は叶う。
しかし、日本の農家は苦しむ。それはけして、アメリカのコメ農家の本意ではない。

日本のニュースを聞くと、民主党内でも参加の賛否で党内が割れていて、農協、経団連、その他の団体などのさまざまな意見があるという。

国民生活に直接影響を与える経済の重要会議について、国民に直接説明が必要と思う。
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One for all, All for one

自他共栄の精神

これは柔道の創始者嘉納治五郎の武士道精神である。

東北災害地の瓦礫処分と苦情
東京都の石原都知事が被災地の瓦礫の処分を引き受け、
埋め立てをはじめたら、
何千通もの抗議の電話やメールが都庁に入り、係りが対応に追われたという。
私は東京生まれで3代目、同じ江戸っ子として残念だ。真に情けない話だ。

鳩山君は友愛とか何とか云っていたが、昔は向こう三軒両隣助け合あったものだ。
今の東京は昔のような助け合いは無理でも、
友愛の精神には変わりはないはずだ。
あまり我欲を張らず、困った時はお互い様、
助け合いの精神だけは昔とわらず、みんな持ちたいものだ。

誇りある東京のみなさんお願いします。
自他共栄の精神が今生きるのだ。

瓦礫は埋め立てに使っていると云うから、
小松左京さんが云うように
日本が沈没しないで済むように協力しましょう。

英国ラグビーの言葉
 
One for all, All for one
      
一人は みんなの為に みんなは 一人の為に

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アメリカの学校スポーツは観戦を考慮する

■大学スポーツは莫大な収益をあげる。

秋、アメリカはフットポールシーズンである。9月に始まり、まさにいまが真っ最中。毎週末は沢山のTV局がフットボールの試合を放送する。お茶の間もスポーツバーも賑やかになる。毎週、各地で合わせて80試合以上が開催されて、観客動員は400万人以上。これが10~12月まで続く。スタジアムの入場収入は莫大となる。各地で熱戦中のフットボールを例に、米国のスポーツパワーを紹介したい。

大学フットボールリーグに参加する大学は713校あり、NCAAまたはNAIAに所属している。

その内訳は、

全米大学体育協会
NCAA(NATIONAL COLLEGIATE ATHLETIC ASSOCIATION)
 Division 1(大規模大学)27リーグ 244校  
        FBS(メジャーリーグ) 12リーグ120校
        FCS(マイナーリーグ) 15リーグ124校
 Division 2(中規模大学)15リーグ 141校
 Division 3(小規模大学)31リーグ 238校

全米大学運動選手協会
NAIA(NATIONAL ASSOCIATION OF INTERCOLLEGIATE ATHLETICS)
  9リーグ 90校
となっている。

大学フットボールは人気があるから、どの試合もほぼ満員だ。大学のスタジアムの観客席はたいてい5万人を収容可能。ミシガン大学、アラバマ大学、ペン・ステーツ大学、などの人気のある大学スタジアムでは10万人以上の観客席がある。しかも満員になる。

米国にとってフツトボールは、野球に次ぐ国技のようなスポーツだ。ただし野球と違い、格闘球技のような感覚で、米国では陸 海 空軍の付属大学も参加している。これらを合わせた9月の全米大学の試合数は、1週あたり平均80試合。4週で320試合になる。

入場券はインターネットで各大学が販売している。50ドル~80ドルと、価格はまちまち。シーズン単位のチケットなどは既に売り切れで、市場ではプレミアが加わり高値で売買され、数千ドルに跳ね上がる場合もある。

こうした観戦試合が10月から始まり、12月の決勝まで続く。ローズボールその他の約20試合も合わせると、総試合数は1000回近くになるだろう。一試合平均5万5000人が観戦したとして、シーズン合計の動員観客5千500万人。観戦料を50ドルと少なく見積もっても、合計収入は2750万ドル。21億円超となる。この莫大な売上が、全部主催大学の収入となる。
そこで興味本位に、大学競技場の収容座席数を調べた、

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(クリックで拡大)


スタジアムには個人名が冠してあるが多いが、これは大学OBや篤志家の寄付により建設されたことを意味する。

■NCAAの強大な力 アメリカンスポーツビジネス

大学スポーツはテレビ番組で放送される。土曜日の中継は特に多く、好試合の多い日はチャンネル選びで忙しい。広告媒体としても優良と見えて、米国企業だけではなく、ヨーロッパや日本の企業も協賛している。トヨタ、ホンダ、ニッサン、マツダ、ソニーなど、日本企業のコマーシャルでTV中継も賑やかになる。

こうしたTV放映権やスポンサー料、コマーシャル料などは、全米大学体育協会(NCAA:NATIONAL COLLEGIATE ATHLETIC ASSOCIATION)が取り仕切る。NCAAは1906年に発足した。オリンピツク競技をはじめ、23競技で88大会を運営している。ここに全米1200の大学が加盟し、競技選手は36万人であるという。

このNCAAによる体育選手奨学金制度が、選手育成に大きな貢献をしている。

先の2011年世界陸上選手権大会では、米国が金12を含む25個のメダルを獲得した。ロシアを引き離し、1位だ。こうした有能な選手を支える基盤として、奨学金制度というマネーパワーがある。陸上競技を例にすると、全米には100メートルを10秒台で走る選手が100人以上いる。そのほとんどは陸上の名門大学にスカウトされ、奨学金で大学進学し、活躍するというわけだ。大学スポーツに於けるNCAAの影響力は甚大である。

■日本とは大違いな学校の体育館

教育という観点で見れば、スポーツで重要な要素は勝敗やプレー内容だ。それに加えて、米国の学校スポーツの特徴は、『観衆に見せて収益を計る』であろう。だから、体育館の建設時は観客席を計画に入れている。

米国では、小学校から大学まで、全ての学校体育館に観覧席がある。たいていは移動式折りたたみ形の座席で、学校の規模により1000席から2000席ぐらいが普通だ。これに加えて、スタジアムを持つ大学もある。

そしてスポーツシーズンになると、そこで行われる試合は有料があたりまえ。高校バスケツトボールの盛んな地方では、毎試合4000~5000人の観客動員であり、学校の収益はかなりなものとなる。米国の学校はスポーツ試合で収益を得ている。もちろんそれはスポーツ教育へ還元される。だからスポーツの質がどんどん高くなっていく。
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大震災に思う - 私の戦争体験 目次

私の戦争体験
 震災津波と戦災に思う
 疎開編1 にわか農家になる
 疎開編2 疎開生いじめに遭う
 東京大空襲
 沼津大空襲

大震災に思う
 自分の身を守るために 1
 自分の身を守るために 2
 自分の身を守るために 3
 電気のない時代を生きる 1
 電気のない時代を生きる 2
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電気のない時代を生きる 2

■終戦後の耐乏生活と人間の力

震災復興救援活動と、私が体験した戦災復興が重なる。大空襲で焼け出され、命からがら逃げのびた生活。そんな66年前と今は雲泥の差。昔は働かざる者食うべからず。今は生活保護。実に感慨深い。

戦中戦後、私たちは衣食住のすべてが耐乏生活だった。老若男女、みな我慢した。日本中すべて物資欠乏だから、不平が言えない。敗戦直後、海外からの引き揚げ者には援助があった。しかし一般人に対する政府による生活保護など聞いた事がなかった。健常者は頭脳労働、肉体労働。一億みなよく働いた。「働かざるものは食うべからず」が当たり前だった。それに引き換え、今は200万人が生活保護を受けるという。終戦後の2004万人に次ぐ多さ。しかし、どうも今は「働く気力の乏しい若者中年」要するに覇気のない人間が増えただけだと思う。だからこれからの日本に不安がある。

戦後は誰も助けてくれない時代だった。町は焼け野原。しかし失業者は見当たらなかった。ほとんど皆、なにかしら動いていた。モク(タバコの吸殻)拾いに釘拾い、靴磨き。それでも生活が苦しいといって自殺する者も聞かなかった。敗戦から復興へ。夢に向かう、逆境を精神的に生きるという強さがあった。今はそれに欠けている。教育や家庭環境に問題があると思う。

今の世は、こどもに限らず誰にも過保護だ。戦後の頃は違う、何事も自分の事は自分でやった、やらざるを得なかった。生死の境を生きのびる。B29爆撃機が雨のように投下する焼夷弾。ただ逃げに逃げた。恐ろしかった。夢中で走るうちにそれも忘れた。ただ走る。あれが生死の境だった。よく逃げたと思う。あれは韮山疎開の、山の開墾労働で鍛えた体力と根性だ。

戦中戦後の一般家庭は、風呂、洗濯、飯炊き、料理など一切が人の労力だった。電気といえばラジオと部屋の明かりだけ。その他は機械モーター工業用などに使うだけ、と思っていた。だから生活に電気がなくても困らなかった。

昔は、どこに行くにも歩いた。なんでも自分でやった。だから今いう省エネも「できることは自分の力でやる」をこころがけることだ。

今まで、電気に頼り過ぎた。人間が動かなくなり、弊害として運動不足による病気も増え続けた。便利な電動化は不健康化につながり、人びとに怠け癖をもたらす。便利過ぎは、人を怠けさせる。それが進めば国を滅ぼすもとになる。このままでは日本は滅びる、日本の精神も滅びる。衣食住に足り、飽食、物余り。なにもかも過剰で便利な日本の時代は、原発事故を教訓、改める必要がある。一人一人が真剣に考え生活することだ。

わがままを控えること。便利さは人を不幸にする。何でも「自動」に頼り、便利を求める時代は終った。これからは贅沢を控え、できることは自分でやる心を養いなさい。震災直後に石原東京都知事が「我欲を捨てろ」と言った。同感だ。電気があれば何でも自動化という便利さは、過ぎると人を不幸にする。

戦後66年。復興から世界が驚くほどの経済発展を遂げた日本。しかし原発を得て電化繁栄という時代は過ぎた。世界一平和な国と言われた日本も、過去13年連続で3万人を超える自殺者だという。経済発展もいい加減にすべきだろう。

震災と原発事故を教訓に、エネルギーについて考え、自らのライフスタイル考えるときだ。長い歴史の中で常に自力更生をスローガンに国つくりをした、かつての中国を見習うべきだ。それにはまず「自分の身体は自分で管理」の率先垂範だ。自分の心と体を鍛える、なんでも自主的に行動する。電気の自動化ではなく、「自分の自働化」だ。省エネ、節電は「自働化」から。体力作り、健康管理の第一歩ともなり、節約と健康の一挙領得だ。
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電気のない時代を生きる 1

◇大地震津波と戦災

東日本沿岸各地を襲った大津波は、東北周辺地域に壊滅的な被害を残した。死者は25,000人を超えるという。現在、仮設入居者は約4割 避難者は、いまなお88,000人。発生から3カ月以上経って。復興再生の道筋すらない。事故を起こした福島原発は未だに放射能漏れが続き、収束もなお不明。今後のエネルギー政策に大きな問題を与えているという。

日本は今、戦後最大の危機に直面している。しかし政治にリーダーシップが発揮されず、連日被災者不在の政争に明け暮れるから、政治不信が続いている。その上、政府筋の発表によると、30年以内に首都直下地震の可能性があるという。予断を赦さない時だ。

戦後、日本は「世界に追いつけ、追い越せ」と驚異的発展を続けた。世界でも稀な速さで復興し、発展をとげてきた、その原動力は原子力発電である。日本は現在、世界第2の原発利用国であるという。高度成長はすべて資源の輸入と原発のお陰だった。

現在、日本には50基以上の原子力発電機が稼働しているという。原発に頼る工業国だ。工業生産、公共施設、交通機関、家庭生活環境、そして娯楽施設など、日本全国はいたるところ、電化で溢れている。街に出れば自動ドア、エスカレーター、エレベーター、広告やネオン塔……。家庭は、エアコン テレビに洗濯機、冷蔵庫 炊飯器、電子レンジ、湯沸かしポット……。被災者仮住宅には、洗濯機 冷蔵庫 炊飯器他を「生活必需5点セット」として無料で提供している。非電化な戦中戦後を生きてきた私には、なにからなにまで言葉にならない進化である。

その原発利用も限界にきたようだ。福島原発放射能漏れ事故は世界に衝撃を与えた。すでにドイツは「2022年までに、全ての原発を廃止する」と閣議で決定した。イタリアは全廃した原発の再開について、国民投票で94%が原発廃止に賛成した。他の国は次々に「原発から自然エネルギーなど、他のエネルギーへ転換」の取り組みを始めている。
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自分の身を守るために 3

◇気配で悟る

東京大空襲の時、私は皆と防空壕に避難しなかったから助かった。気配で悟ったからだ。周囲の大人に勧められたけれど、隣組の避難所と防空壕に入らなかった。独断で逃げて助かった。東日本大震災の津波の動画を見るたびに、私は自分が逃げ惑った戦争の東京大空襲を思い出す。あの時、私は近所の人と防空壕に入らず、独断で玉川へ逃げ、助かった。あの命拾いをした時が蘇る。防空壕に避難していたら、今の自分は存在していなかった。

私の体験は、臨機応変な活動と「必死に走る」こと。普段の訓練が肝心だ。それらは一朝一夕には不可能、長期の習慣的な訓練が大切だ。良いことも、良くないことも、習慣になる。

スポーツは練習しないと、強く、上手くなれない。武道などの剣術でも稽古が重要だ。訓練とは上達する為にするのだ。但し自分の能力に合わない訓練は駄目だ、素質に合わない訓練は努力しても無駄だ。まず自分の性格と体格を自分で悟ること。他に相談して客観的に判断してもいい。しかし自分が一番良く知っている。その上で努力を積み重ねることが肝心。

命は自分で守る。自分の命は自分で守るのはあたりまえだ。それには、普段の心構えや、気力と体力が必要だ、非常時の判断力、臨機応変の機転、そして実行する体力。これらは一朝一夕に、思いつきでは実行できない。常に非常時を想定して心と体を鍛えておく。事件やニュースに関心を持ち、事件の起こった背景を考えてみよう。事件には原因がある。深夜の公園、人のあまり通行しない寂しいところ、ヨッパライ、風体の良くない人間などなど、考えると事前に避けられる事件がかなりある。後悔先に立たず。よく自分の行く先を見極めて生活することだ。

成せば成る。成さねば成らぬ何事も。成さぬは人の成さぬなりけり。
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